では次に、〔死者の通り〕から西に2.5km離れた2つの近隣集合住宅と、それに関わる地域を見てみましょう。
上記の地図の全てが、現代住宅化されています。灰色の区画に関しては、個人の敷地に入らせてもらい、外周壁の基礎だけを記録したのでしょう。発掘の報告はありません。一つ一つが近隣集合住宅の１棟だったと思われます。約500m四方に少なくとも50棟あった、と読めます。
この辺りから土地は、コロラドの丘に向かって登り始めます。
コロラドの丘を背にして東を見下ろしていますが、都市はよく見えません。
〔オアハカ・バリオ〕Oaxaca Barrio
…別名：トライロトラカンTlailotlacan
（関連…サン・ホセ・モゴテ、モンテ・アルバン、ダインツ）
年代が信頼できる土器は西暦200年からで、最終は455年です。1966年から、薄いピンクの5棟だけが発掘されました。
↑↑at 人類学博物館。
一つの棟の入り口から出土しました。年代は不詳です。一説には、西暦378年以降の〔羽毛の蛇のピラミッド〕の破壊／解体の仕事の一部を〔オアハカ・バリオ〕が請負い、廃棄予定のこの石材を持ち帰り、サポテカ文字の日付を彫り込んだ、と言われています。そう想像されている理由は、石材全体のフォルムが、〔羽毛の蛇のピラミッド〕に残っているのとそっくりだからだそうです。
オアハカ近隣集合住宅では部屋の地下に、おそらく集合住宅の主だった人々を埋葬しました。サポテカ盆地のコシホ神をデザインした骨壷（西暦450年〜550年）が出土しています。胎土はオアハカ盆地を指しています。
↑↑↑at 人類学博物館。
中庭地下の墓地へは階段で入れます。〔オアハカ・バリオ〕で生まれた子供達は、一旦オアハカ盆地へ戻って言語と文化を学習し、ここへ戻り、大人として死去したケースも提示されています。女性遺体の副葬品がより上等なので、女性上位社会だったのでしょう。
「トライロトラカンの貴婦人Lady of Tlailotlacan」
TL6の部屋2の床下に墓13があります。19個の陶器が副葬品。30代後半の女性。年代は570年〜660年。テオティワカンでは珍しい頭部変形。上前歯2本に黄鉄鋼円盤の象嵌（マヤ的）。下前歯に翡翠の差し歯（オアハカ盆地的）。なお、翡翠は西暦400年にはテオティワカンへの搬入が激減していた。歯石に、多種多様な食物跡。推測として、「トライロトラカンの貴婦人Lady of Tlailotlacan」はメソアメリカのいくつもの場所に住んだことがあり、テオティワカンのエリート層に関与できそうな経歴に見えます。そういう人物が、〔オアハカ・バリオ〕に埋葬されていました。
ここで、400km南東のオアハカ盆地へ飛びましょう。以下の地図は、〔オアハカ・バリオ〕とその北隣の〔ミチョアカン〕という２つの近隣集合住宅と関連するエリアを載せています。
↑↑on Google Map。
オアハカ盆地全体の歴史に触れてみます。
オアハカ盆地は、高い山に囲まれ、盆地内に多少の高台はあるものの、広大な平地がありました。地下水面が数mの地域が多く、浅い井戸からの灌漑が可能でした。数千年前から定住農業が広がっていました。しかし、各農村も平地にあったことから、外部の農村や山賊からの襲撃も頻発していました。
現在〔モンテ・アルバン〕がある高台は、水がないために、ほとんど無人だったと思われます。そこに、紀元前500年に誰かが文化を持ち込み、建築しました。
オアハカ盆地：その１…〔サン・ホセ・モゴテ〕
〔サン・ホセ・モゴテ〕には紀元前1,500年からの農業の跡があります。紀元前1000年には推定人口は700人です。紀元前700年のオアハカ盆地全体で推定2,000人ですから、最も勢力が強かったと思われます。
紀元前650年に立派な基壇であるマウンド1が造られ始めました。建築軸は南から西へ8度傾けており、オルメカ文化の〔ラ・ベンタ〕遺跡と同じです。
↑at サン・ホセ・モゴテ。
マウンド1の北東の角に、写真中央の白い祭壇1のすぐ左向こうです、紀元前720年の木炭層が敷き詰められました。その上に、記念碑3が平らに埋納されました。浅浮彫された人物は、目を閉じ、口を開き、血の大きな滴りが2つ、心臓をとり除かれた跡の血管の断面3箇所、彼のサポテカ文化の暦上の名前が記されました。戦争捕虜でしょう。
↑記念碑3…at サン・ホセ・モゴテ博物館。↑〔モンテ・アルバン〕の〔踊る人〕at 人類学博物館。
構図、浅浮彫のタッチなど、とても似ています。
↑↑↑at サン・ホセ・モゴテ博物館。
また、〔オアハカ・バリオ〕の骨壷そっくりのそれが出土しました。オルメカ文化の緑石のフィギュアも出土しています。
大きな勢力を持っていたとはいえ、居住地だった地面の下には、焼き討ちと思われる炭化物の地層が２層残っています。オアハカ盆地内で無敵な存在ではなかったのでしょう。
紀元前500年、すでに、マウンド1に2度更新した列柱神殿がありましたが、リーダーたちは平民を引き連れて、防御に適した場所へ引っ越すべきだと考えました。
おそらくは近隣の仲の良い農業集落と合意して、川がなく、かなりの深さに井戸を掘る、あるいは平地から水を運び上げる必要もあるというデメリットを承知しならがら、平地から300m落差の急崖に囲まれているというメリットを重視して、紀元前500年に大勢で引越します。移住は成功し、〔モンテ・アルバン〕遺跡になりました。攻撃力も防御力も強靭で、たちまち盆地の多くを勢力下におきます。
なお、サン・ホセ・モゴテ博物館は、遺跡内に建ってはいません。そもそも、遺跡には管理人がいません。門に電話番号が描かれてあります。運が良ければ、15分ぐらいで近所のおばさんが鍵を開けに来てくれます。
オアハカ盆地：その２…〔モンテ・アルバン〕
↑at モンテ・アルバン。
〔モンテ・アルバン〕新築計画は成功し、周囲の村落からの脅威を抑えることができたようです。紀元1年前後に、〔モンテ・アルバン〕政府は、ほぼ無人になっていた、500年前の故郷である〔サン・ホセ・モゴテ〕を思い出しました。そこに、二次センターとして手を加えていきます。
古のマウンド1を覆いつつ新たなマウンド1（＝南の神殿）、そこから北の神殿へ伸びる広場、東西両側の神殿群、西側の球儀場が新築されます。論文のレイアウトを見ると、まるでミニ・〔モンテ・アルバン〕です。下の写真が、南の神殿の西面で、左に中央階段が見えます。
↑at サン・ホセ・モゴテ。
〔モンテ・アルバン〕の発展の手段は、戦いを仕掛けて、勝つことだったようです。〔サン・ホセ・モゴテ〕の欄でみた戦闘捕虜への処遇の浮き彫りのための建築物である〔踊る人の神殿〕のほか、「天文台」の外壁にも明示してあります。
紀元前100年〜西暦200年の征服の記録が、サポテカ文字の線彫りで貼り付けてあります。たくさんの数です。
さて、西暦350年の〔モンテ・アルバン〕勢力下の推定人口は、115,000人です。先の写真のどこにそんなに大勢住めるのかと誰でも疑問を持ちます。が、その時までに高台の全崖面に小道を張り巡らし、数百の家屋を建て、広大なオアハカ盆地に農民を配していました。同時期のテオティワカンの都市人口が12万人ですので、ほぼ、同等でしょう。
なお、崖面へ降りる道は、観光客には公開されていません。おそらくは各々の住居が地下に墓を持っており、その盗掘の機会を減じたい、という意向があるためです。
〔モンテ・アルバン〕に、興味をひく遺跡／遺物が4つあります。
１、石碑リサLisa（＝石碑7）
↑at 人類学博物館。
「右端のサポテカ衣装の〔モンテ・アルバン〕の王が、テオティワカン衣装の4名の表敬訪問を受けている」というのが通説です。
ところで、「出土箇所は南基壇の西面」と言われていますが、そこにゴロリと転がっていたのでしょうか。石碑の形状は横長で、石造建築物の門口の上のリンテル（＝鴨居）にピッタリですが、その石造りの建物の痕跡は報告されていません。また、人類学博物館は「製造は西暦550年〜800年」と解説しています。だとすると、西暦550年には弱体化していたテオティワカンのエリート4人は、何の目的で400kmも旅したのでしょうか。解説が欲しいところです。
２、バザンの墓石Lapida de Bazan
↑at 人類学博物館。
西暦200年〜500年に制作され、 〔モンテ・アルバン〕のマウンドX（＝Group M）で出土したと言われています。希少で大きな雪化石膏に刻まれていますので、重要な石碑です。
ジャガーの衣装の右が「３ 青緑色Turquoise」、テオティワカン風の衣装の左が「８ 青緑色」です。墓石なら、「３ 青緑色」の埋葬時に製造されたのでしょうか。「３ 青緑色」の在位中の重要な面談だったのでしょうか。
人類学博物館の解説は、両者とも王だったと言っています。考古学的に、西暦200年〜500年に、テオティワカンに王がいたとは承認されていません。おそらくは、サポテカ語に「政府要員／評議会員」という言葉がなく、はるばる400kmを旅してきた訪問者には、彼が「テオティワカンの王」ではなかったとしても、「３ 青緑色」は彼をその地の王のようにもてなしたのかもしれません。
３、石碑1
↑at モンテ・アルバン博物館。
製造年は不明です。左上の人物の衣装は、石碑リサの、右端の人物のそれには似ず、石碑リサの4人に似ているところから、テオティワカン人だと言う人もいます。しかし、石碑上で刻まれた唯一の人物が玉座に座っており、それが〔モンテ・アルバン〕にあることが何を意味するのかは、サポテカ語の翻訳が待たれるところです。
４、宝石の神殿Jeweled Building
↑on Google Earth。
北の基壇の東面にあります。西暦500年頃に建築です。地面に近い部分がタブレロに似ています。この建築様式は、〔モンテ・アルバン〕の他のすべての建物には見当たりません。彼の地からの賓客をもてなすためか、彼の地との密接な関係を誇示するためか。
上記４つの要素が西暦500年に同時に発生したとする仮説を、否定する証拠もありません。また、西暦 378年に関わる2名を除けば、「８ 青緑色」は名前が残っている唯一のテオティワカン人、ということになります。
一方、少なくとも〔オアハカ・バリオ〕では、葬式／埋葬においては自分たちの故郷の風習を継続させ、他のすべての衣食住に関しては、テオティワカンの概念に沿った、と言えそうです。ところが、〔モンテ・アルバン〕の豪華な墓に見られる儀式用品は、〔オアハカ・バリオ〕では出土していません。よって、エリートの一部が移住した可能性は低いと見られています。
さて、〔オアハカ・バリオ〕の住民が〔モンテ・アルバン〕のエリートでないならば、そこの平民か、あるいはオアハカ盆地の他の集落出身者か。最近、ストロンチウム分析を根拠にして、ダインツ遺跡かもしれない、と仄めかす論文があります。
オアハカ盆地：その３…〔ダインツ遺跡〕Dainzu
紀元前700年頃に定住が始まり、この辺りの中心的な都市に発展しました。しかし、紀元前200年頃に、より強力な〔モンテ・アルバン〕からそこへの移住を命じられます。人口は著しく減少しました。しかしすぐに、住民は戻されます。〔モンテ・アルバン〕は、二次センター的な営みをさせた方が有利だと判断したのでしょう。その後は、西暦1200年まで成長を続けます。
↑at〔ダインツ〕。
奥の大きな建物が建築物Aで、その右下の屋根の下に、「浮き彫りの壁」が展示してあります。その手前が、「黄色の神殿」、左手前に「墓室7」があります。
「浮き彫りの壁」には多くの浮き彫りの断片が嵌め込まれています。遺跡中に散らばっていたそれを、考古学者が拾い集めてこの壁を作ったと、現地ガイドが説明しました。
うーん、それは——、野晒しにしてくわけにはいかなかったのでしょうが、こんな壁が当時あったのだという誤った印象を与えかねないという危惧を、私は抱きました。
↑at〔ダインツ〕。
左には槍らしき物が見えます。右には矢の束です。つまり、戦士たちです。
西へ振り向くと、写真中央に球儀場があります。この周囲には、球儀者の浮き彫りが多数、散らばっていたそうです。その向こうは、山の裾野まで、広大な農地が広がっています。
↑at〔ダインツ〕。
テオティワカン、〔オアハカ・バリオ〕、〔サン・ホセ・モゴテ〕、〔モンテ・アルバン〕、〔ダインツ〕は、歴史の霞で繋がっているようです。では、オアハカ盆地を離れ、テオティワカンへ戻りましょう。
